古着やバッグ、靴を扱っていると、
「久しぶりに出したら、表面がベタベタしている」「バッグの内側がネチネチして粉も出てくる」
という相談はかなり多くあります。
原因の多くは「加水分解」による、合成皮革(合皮)やポリウレタン素材の劣化です。
この記事では、
- 加水分解とは何が起きているのか
- ベタベタは「どこまで直せる」のか(完全修復はできるのか)
- ウエア・バッグ・靴ごとの、現実的な対処法
- 自宅で試せるケアと、専門店に任せたほうがよいライン
を整理して解説します。
1. 「加水分解」とは何か ― 合皮・ポリウレタンに起きていること
1-1. 加水分解の正体
加水分解とは、素材中の成分が「水分と反応して分解していく現象」です。
とくに問題になりやすいのは、以下のような素材です。
- ポリウレタン(PUコーティング、PUフォーム、PUソール)
- 合成皮革(基布の上にポリウレタン樹脂を塗ったもの)
- バッグの内張り・コーティング剤・接着剤 など
ポリウレタンは、柔らかさ・伸縮性・防水性に優れていますが、水分に弱い構造を持っており、
空気中の湿気を長期間受け続けることで、分子鎖が切れて「ベタベタ」「ポロポロ」に変化していきます。Safety Jogger+1
1-2. なぜ「ベタベタ」になるのか
劣化の初期段階では、表面のコーティングが溶けたような状態になり、指で触ると
- ベタつく
- ホコリやゴミがやたら付着する
- こすると指にヌルヌルした膜が付く
といった症状が出ます。大判屋+1
さらに進行すると、
- コーティング層が剥がれて粉状になる
- ひび割れや、ソールがボロボロに崩れる
といった「崩壊」状態になります。靴のポリウレタンソールが突然割れたり、粉になって剥がれ落ちるのは、この段階です。岡畑興産株式会社+1
1-3. 「元に戻す」ことはできない
ここが重要なポイントです。
- 加水分解したポリウレタンそのものを「元の新品の状態に戻す」ことはできません。
- できるのは 「劣化したコーティング層・ベタベタを物理的・化学的に取り除く」 か
- 靴であれば ソール交換(オールソール)、バッグなら 内袋交換 など、パーツごと作り直す ことです。岡畑興産株式会社+2M.MOWBRAY+2
つまり、
ベタベタ=直す、ではなく
ベタベタ=劣化した層を「剥がす・交換する」
と理解したほうが、期待値のズレが少なくなります。

2. まず確認したいこと ― 素材と劣化レベルの見極め
同じ「ベタベタ」でも、やれることはアイテムによって変わります。
2-1. 素材の確認
タグや表記、質感から、できる範囲で以下を見分けます。
- 本革:
- 肌目が自然で、裏側が起毛(スエード状)
- 合成皮革(合皮):
- 基布(繊維)の上に樹脂コーティング
- 経年で表面が均一に割れる・ベタつく
- ナイロン・ポリエステル+ポリウレタンコーティング:
- マウンテンパーカ・レインウエア・バックパックなど
本革そのものは「加水分解」しませんが、表面の樹脂コーティングや、裏地の合皮・接着剤が加水分解しているケースがあります。Tentoten+1
2-2. 劣化レベルの目安
ざっくり、次の3段階で考えると判断しやすくなります。
- 軽度:べたつきのみ
- 見た目は大きく崩れていない
- 手にうっすらベタつきが付くレベル
- 中程度:ベタつき+細かい剥離
- こすると黒い/透明なカスがポロポロ出る
- 触ると指にカスが付着する
- 重度:ひび割れ・粉砕・ソール崩壊
- 靴底が割れている、踏むと崩れる
- バッグ内張りが全面的に粉状
1〜2段階目 までは家庭ケアや部分除去の余地がありますが、
3段階目 になっているものは「交換・修理」前提で考える方が現実的です。yumekoubou.net+1
3. 合皮ウエアのベタベタ対処法
ここから、アイテム別に現実的な方法をまとめます。
3-1. 基本方針
合皮ブルゾン・ライダース風ジャケットなどは、
- 表面の合皮コーティングが加水分解
- 裏地のコーティングがベタついて他の衣類にくっつく
というパターンが多いです。
前提:表面がベタベタしている時点で「寿命は来ている」 と考えるべきで、
以下のケアは「延命」や「一時的に着られる状態まで戻す」ためのものと捉えてください。
3-2. 自宅で試せるケア(表面)
※どの方法も「目立たない場所でテストしてから」「自己責任で」の前提です。
① 重曹水で中和&除去(最も無難な部類)
- 目的:酸性側に傾いたベタつきを、アルカリ性の重曹で中和しながらコーティングを薄く落とす
- 信頼性:国内の革小物・合皮メンテナンス業者が、合皮のベタつき対処として紹介している方法。Tentoten+1
手順の一例:
- 40〜45℃くらいのぬるま湯 200〜500ml に、重曹 小さじ〜大さじ1 を溶かす。
- 柔らかい布(不要なTシャツなど)を浸して、かたく絞る。
- ベタつく部分を 強くこすらず、なでるように 拭き取る。
- きれいな水で濡らして固く絞った布で、重曹分を拭き取る。
- 乾いたタオルで水分を十分に拭き取り、風通しのよい日陰で完全乾燥させる。
注意点:
- 力を入れると「コーティングそのもの」を一気に剥ぎ取ってしまうことがある
- エンボス模様・プリントは、剥がれて見た目が大きく変わることもある
② 無水エタノールで「割り切って剥がす」
- 目的:ベタつくポリウレタン層を溶かし、積極的に落とし切る
- 信頼性:革小物・バッグ修理業者が、べたつき除去の最終手段として推奨している例あり。
手順(概要):
- ドラッグストアで「無水エタノール(99.5%)」を用意
- 換気の良い場所で、柔らかい布に少量含ませる
- ベタベタ部分を様子を見ながら拭き取る
- 表面がマットな質感になってきたら一度止めて様子を見る
注意点:
- コーティングが一気に剥がれて「地の布」が出る場合がある
- 光沢が消え、別の素材のような見た目になることを受け入れられるかどうかが分かれ目
- 火気厳禁・換気必須
③ ベビーパウダーで「応急処置」
- 目的:完全には除去せず、表面を粉でコーティングしてベタつきを感じにくくする
- 信頼性:一時的な抑え方として複数のメンテナンス系サイトで紹介。Tentoten+1
方法は簡単で、ベタつく部分に薄くパウダーをはたき、余分を払うだけです。
ただし、
- 生地が白っぽくなりやすい
- 根本解決ではなく「その場しのぎ」
という点は理解しておいた方がよいです。

4. バッグ(とくに内側合皮・コーティング)の対処法
バッグは「内張りの合皮・コーティング」が加水分解するケースが非常に多く、
中身がベタベタになったり、粉が付着してトラブルになりがちです。
4-1. 軽度〜中程度なら「内装のベタつき除去」
基本アプローチはウエアと同じで、
- 重曹水
- 無水エタノール
を使って、ベタつきを少しずつ落としていきます。
ただしバッグの場合、
- 裏地が薄い布で、こすると簡単に破れる
- ポケット内のコーティングだけが先に剥がれ、見た目にムラが出る
などのリスクがあります。
状態を見ながら少しずつ作業し、破れそうなら深追いしない ことが重要です。
4-2. 重度なら「内袋交換(プロ修理)」が現実的
内装全体がベタベタ・ボロボロで、布地自体も弱くなっている場合、
- 自分で完全に直すのはほぼ不可能
- 市販のスプレーやクリーナーで逆に悲惨になることも多い
ため、バッグ修理専門店の「内袋交換」 を検討する価値があります。
- 古着として再販売する場合も、「内袋交換済み」と明記できれば価値が安定しやすい
- ブランドバッグの場合は、正規修理 or 信頼できる専門店に限定したほうが無難
5. 靴(スニーカー・ブーツ)の加水分解と対応
靴は、見た目は綺麗でも「ソールだけ加水分解」というパターンが多いアイテムです。
5-1. 何が起きているか
- ポリウレタンソールは軽くてクッション性が高い反面、
数年〜十数年で加水分解し、突然割れたり粉状に崩壊 することがあります。Safety Jogger+1 - 見た目は大丈夫でも、押すと柔らかく潰れる・触るとベタつく場合はかなり危険信号です。
5-2. 「表面のベタベタだけ」なら一時的な延命は可能
ソール側面が少しベタつく程度であれば、
- 重曹水でやさしく拭き取る
- 無水エタノールで表面のベタつきを除去する
ことで、ある程度使用感を改善できます。
ただし、内部まで加水分解が進んでいる場合は、
見た目が整っても、履いた瞬間に割れる こともあるため、販売・使用ともに注意が必要です。
5-3. 本格的に直したい場合:オールソール交換
「どうしても履きたい」「ヴィンテージスニーカーを生かしたい」という場合は、
- 元のポリウレタンソールを完全に除去
- 別素材のソールに載せ替える「オールソール交換」
という方法があります。日本国内の修理工房でも多数事例が公開されています。
ポイント:
- デザインによってはオールソール不可のケースもある
- 価格は1足あたり1万円台〜が一般的
- 元デザインを完全に再現するのは難しいことも多い
古着屋の視点では、
- 「加水分解の恐れがあるオリジナルソールのまま販売」か
- 「修理前提で価格を下げて販売」か
- 「修理に出してから『オールソール済みスニーカー』として出す」か
を商品ごとに判断する必要があります。

6. 自宅でやってはいけない/推奨しにくい方法
市販の記事や動画にはさまざまな方法が紹介されていますが、
古着ウエア・バッグ・靴という前提で、特に注意したいものを整理します。
6-1. 塩素系漂白剤(キッチンハイターなど)の多用
- 塩素系は繊維・染料へのダメージが大きく、色物・レザー・合皮には基本的に不向き です。
- 酸素系漂白剤を薄めて使う方法を紹介する記事もありますが、
「色落ち・変色」「繊維の強度低下」のリスクが高く、古着の延命目的としては優先度は低い と考えたほうが安全です。
6-2. いきなり強くこする、メラミンスポンジで削る
- ベタつきがある状態で強くこすると、必要なコーティングまでごっそり剥がれます。
- メラミンスポンジ(いわゆる激落ち系)は、研磨力が強く、意図せず地の布まで削ることがあります。
どうしても使用する場合でも、目立たない箇所で試してから が必須です。
7. 加水分解をできるだけ遅らせる保管術
加水分解自体は「完全には防げない」劣化ですが、
進行を遅らせること は可能とされています。
7-1. 湿気と高温を避ける
- 直射日光・高温多湿(押し入れの奥、窓際、車内)は避ける
- クローゼット内は除湿剤を活用し、詰め込みすぎない
- ビニール袋に入れっぱなしにしない(内部の湿気がこもる)
7-2. 「たまに出して使う・触る」
- スニーカーや合皮ジャケットは、履かずに放置するほど加水分解リスクが高い と言われます。KicksWrap®︎+1
- シーズンごとに状態をチェックし、軽いベタつきが出始めた段階で、早めに拭き取りケアをしておくと被害が小さく済む場合があります。
8. 古着として扱うときの現実的なライン
古着屋・個人出品者として加水分解と付き合うとき、
次のような線引きをしておくとトラブルを減らせます。
- ベタつきのみ(軽度)
- 重曹水や無水エタノールで軽くケアした上で、状態を明記して販売
- 中程度(剥離が目立つ)
- 「劣化あり・お手入れ前提」「ジャンク扱い」など、用途を限定して販売
- バッグなら内袋交換を検討
- 重度(崩壊レベル)
- 靴:オールソール前提でない限り、実用としての販売は避ける
- バッグ:内袋交換して再生するか、パーツ取り・ディスプレイ用途と割り切る
9. まとめ:合皮のベタベタは「直す」のではなく「どう付き合うか」を決める
- 合皮やポリウレタンのベタベタは、加水分解による寿命サイン。
- 完全な意味で「元に戻す」ことはできず、
- 軽度なら「ベタつきを落として延命」
- 重度なら「パーツごと交換(ソール・内袋など)」
という発想が現実的です。
- 自宅で試すなら、
- まずは 重曹水 や 革用クリーナー
- 次の段階で 無水エタノール
- ベビーパウダーは「応急処置」
程度にとどめるのが安全です。
- 高額品・思い入れの強い一足やバッグは、
専門修理店(靴修理工房・バッグ修理工房)に相談したうえで、オールソールや内袋交換を検討する のが安全です。
古着の現場では、加水分解は避けられない経年劣化のひとつです。
だからこそ、「何ができるか/どこからは無理なのか」を知っておくことで、
手元にあるウエア・バッグ・靴と、より長く付き合いやすくなります。

